医療・介護施設向け売掛金管理のベストプラクティス
先生のクリニック、施設の資金繰りは万全ですか。
日々の診療やケアに追われる中で、「なぜか月末になると資金が厳しい」「会計上は黒字のはずなのに、手元にお金が残らない」といった悩みを抱えてはいないでしょうか。
実はその悩み、医療・介護施設特有の「売掛金」の仕組みに原因があるかもしれません。
こんにちは、中小企業診断士・FPの藤沢信一です。
私はこれまで15年間、医療・介護の現場で100件以上の資金繰り改善やファクタリング導入支援に携わってきました。
現場を知る専門家として断言できるのは、売掛金管理は医療・介護施設経営の生命線であるということです。
この記事では、制度や数字が苦手な経営者の方でもすぐに実践できる、売掛金管理のベストプラクティスを現場目線で分かりやすく解説します。
この記事を読み終える頃には、資金繰りの不安を解消し、安定経営への第一歩を踏み出すための具体的な道筋が見えているはずです。
目次
売掛金管理が経営に与えるインパクト
なぜ売掛金管理が重要なのか?
売掛金管理とは、簡単に言えば「未来に入ってくるはずのお金を、きちんと管理すること」です。
この管理を怠ると、帳簿上は利益が出ているのに、支払いに必要なお金が足りなくなる「黒字倒産」という最悪の事態を招きかねません。
特に、人件費や医薬品・消耗品の支払いなど、キャッシュアウトが先行しがちな医療・介護業界において、キャッシュフローの安定化は最重要課題なのです。
医療・介護施設特有の資金回収サイクル
医療・介護施設の売上の大半は、国民健康保険団体連合会(国保連)や社会保険診療報酬支払基金(支払基金)から支払われる診療報酬・介護報酬です。
この報酬は、サービスを提供した翌月10日までに請求(レセプト提出)し、実際に入金されるのはさらにその翌月、つまりサービス提供から約2ヶ月後になります。
【資金回収のタイムラグ】
- 4月にサービス提供
- 5月10日までにレセプト請求
- 6月末頃に入金
この2ヶ月間のタイムラグが、多くの施設で資金繰りを圧迫する構造的な原因となっています。
放置するとどうなる?よくあるトラブルとその先
もし、請求内容に不備があればどうなるでしょうか。
レセプトが「返戻」されれば再請求が必要となり、入金はさらに1ヶ月以上遅れます。
また、請求内容が不適切と判断されれば「査定」によって報酬が減額されることもあります。
これらのトラブルは、単に入金が遅れるだけでなく、現場スタッフの再請求業務の負担増や、経営計画そのものの見直しにも繋がりかねない深刻な問題なのです。
売掛金管理の現場課題と実例
よくある課題①:請求・入金のタイムラグ
多くの経営者が頭を悩ませるのが、このタイムラグです。
特に、事業を拡大してスタッフを増員したり、新たな医療機器を導入したりする際には、支出が先行します。
売上は順調に伸びているはずなのに、なぜか資金繰りが苦しくなるのは、このタイムラグが原因であることがほとんどです。
よくある課題②:レセプト返戻・査定への対応遅れ
「請求業務は事務スタッフに任せているから大丈夫」。
そう思っていても、実際には毎月一定数の返戻が発生し、その対応が後手に回っているケースは少なくありません。
返戻や査定の内容を分析し、再発防止策を講じなければ、気づかぬうちに毎月数十万円単位の損失を垂れ流している可能性もあります。
現場の声:スタッフ任せにした結果どうなったか
「うちはベテランの事務員がいるから請求は完璧だと思っていました。
しかし、私が資金繰りに悩み、専門家である藤沢さんに相談して初めて、毎月かなりの件数の返戻があり、その対応で現場が疲弊していたことを知りました。
入金の遅れも、そのせいだったのです。」(横浜市・クリニック院長)
これは、私が実際に支援したクリニックの院長先生の言葉です。
経営者自身が売掛金の状況を把握することの重要性を物語っています。
実例紹介:資金ショート寸前からのV字回復
実は私自身、かつて親が経営する診療所の資金繰りで窮地に陥り、診療報酬ファクタリングを活用して危機を脱した経験があります。
その経験から、金融と医療経営の両面から最適な解決策を見つけることの重要性を痛感しました。
適切な制度やツールを使えば、資金ショート寸前という状況からでも経営を立て直すことは可能なのです。
売掛金管理を改善する制度とツール
資金繰りの課題を解決するために、国も様々な制度を用意しています。
知らないと損する制度やツールを賢く活用しましょう。
電子請求システムの活用と注意点
今や多くの施設で導入されている電子カルテやレセコン(レセプトコンピュータ)は、請求業務の効率化やミス防止に絶大な効果を発揮します。
- メリット: 請求漏れや病名漏れのチェック機能、返戻・査定データの分析機能など
- 活用できる制度: IT導入補助金などを活用すれば、導入コストを抑えることが可能です。
ただし、導入するだけで満足せず、機能を最大限に活用するための運用ルールを決めることが重要です。
診療報酬・介護報酬ファクタリングの仕組みと活用場面
ファクタリングとは、入金待ちの診療報酬・介護報酬(売掛債権)を専門の会社に売却し、早期に資金化する手法です。
銀行融資とは異なり、負債にはならず、審査も比較的スピーディーなのが特徴です。
急な資金需要が発生した際や、賞与の支払い時期など、短期的な資金繰り改善に有効な選択肢となります。
ただし、手数料が発生するため、あくまで計画的な利用が鉄則です。
政府支援制度(補助金・助成金)の活用法
売掛金管理体制の強化に直接・間接的に使える補助金・助成金は数多く存在します。
- IT導入補助金: レセコンや会計ソフトの導入に。
- 働き方改革推進支援助成金: 勤怠管理システムなどを導入し、労務管理を効率化する際に。
- キャリアアップ助成金: 経理担当者など、スタッフのスキルアップ研修に。
最新の公募情報を常にチェックし、活用できるものがないか検討する習慣をつけましょう。
「知らないと損する」最新制度改正情報(2025年以降を見据えて)
2024年度には診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬のトリプル改定が行われ、多くの事業所で収益構造に変化が生じています。
また、政府は医療DXを強力に推進しており、今後は電子カルテ情報の共有などが本格化していきます。
こうした制度改正の波に乗り遅れないためにも、常に最新情報を収集し、自院・自施設の経営にどう影響するかを予測する視点が不可欠です。
ベストプラクティス:今日からできる売掛金管理の改善ステップ
では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。
今日からできる5つのステップをご紹介します。
ステップ1:請求・入金フローを可視化する
まずは、自院・自施設の「お金の流れ」を正確に把握することから始めましょう。
いつ、誰が、何をして、いつ入金されるのか。
この一連の流れを図や表に書き出してみるだけで、問題点が見えてくるはずです。
ステップ2:担当者の役割と責任の明確化
請求業務、入金確認、返戻対応は、それぞれ誰が責任を持って行うのかを明確にルール化します。
「誰かがやってくれるだろう」という曖昧な状態が、対応の遅れやミスの温床になります。
担当者を決め、定期的に報告を受ける体制を整えましょう。
ステップ3:月次の入金チェック体制をつくる
毎月、国保連や支払基金からの入金額が、請求額と一致しているかを必ず確認します。
この一手間が、経営の安定に直結します。
もし差異があれば、その原因(返戻・査定など)を突き止め、すぐに対策を講じることが重要です。
ステップ4:外部パートナーの活用を検討する
すべての業務を自前で抱え込む必要はありません。
複雑な制度の活用や専門的な財務分析は、税理士や私のような中小企業診断士といった外部の専門家を頼るのも賢い選択です。
客観的な視点から、経営改善のヒントが得られることも少なくありません。
ステップ5:「備える経営」への転換(予測と準備)
売掛金管理が軌道に乗ったら、次のステップは「予測」です。
数ヶ月先の資金繰りを予測する「資金繰り表」を作成し、将来の資金不足に備えましょう。
これにより、慌てて資金調達に走るのではなく、余裕を持って最適な対策を打てるようになります。
よくある誤解と見直すべきポイント
最後に、経営者の方が陥りがちな誤解について触れておきます。
「うちは請求ミスがないから大丈夫」への落とし穴
請求ミスがゼロでも、サービス提供から入金まで約2ヶ月かかるという構造的なタイムラグは存在します。
事業が順調な時ほど、このタイムラグの影響は大きくなります。
「今、大丈夫」なことと、「将来も大丈夫」なことは別問題だと考えましょう。
「資金が足りない=売上不足」とは限らない
資金繰りの問題は、必ずしも売上不足が原因ではありません。
売上は伸びているのに資金が苦しいのであれば、それは「キャッシュフロー」の問題です。
売上を伸ばす努力と同時に、お金の流れを管理する視点を持つことが大切です。
「制度は複雑でよくわからない」への処方箋
確かに、補助金やファクタリングなどの制度は複雑に感じるかもしれません。
しかし、「よくわからない」で思考停止してしまうのが最も危険です。
まずはこの記事で紹介したようなポイントを押さえ、必要であれば専門家に相談してください。
制度は、知って活用する者の強い味方になってくれます。
まとめ
売掛金管理について、現場目線で解説してきました。
最後に、重要なポイントをまとめます。
- 医療・介護施設には約2ヶ月の入金タイムラグという構造的な課題がある。
- 売掛金管理の放置は、黒字倒産のリスクを高める。
- 改善の第一歩は、お金の流れを「可視化」すること。
- ファクタリングや補助金など、活用できる制度やツールは数多く存在する。
- 売掛金管理は、守りであると同時に、安定した未来を築くための“攻め”の要である。
現場を知る立場から私が最も伝えたいのは、「制度を味方につけてほしい」ということです。
資金繰りの悩みは、経営者一人で抱え込む必要はありません。
この記事が、あなたの施設が安定経営へ向かうための一助となれば幸いです。
まずは、「月次の入金の見える化」から始めてみませんか。
その小さな一歩が、未来を大きく変えるはずです。