税理士が語る!医療法人のキャッシュフロー改善で見るべき指標とは
朝一番に事務長から「今月の資金繰りが厳しくて…」と報告を受けたとき、院長先生はどのような気持ちになるでしょうか。確かに心配になりますよね。私は医療法人専門の税理士として15年間、100を超える医療機関の財務改善に携わってきましたが、このような相談を受ける機会が近年特に増えています。
実は私も最初の頃は、キャッシュフロー計算書を見ても「数字の羅列」にしか見えませんでした。しかし、15年間で多くの医療機関をお手伝いする中で、「数字の向こう側にある現場の声」が聞こえるようになったのです。キャッシュフローは病院の血液のようなもの。血液の流れが悪くなれば、組織全体に影響が及びます。
2024年の診療報酬改定では全体で0.88%の増額となりましたが[1]、これは近年では比較的大きな引き上げである一方で、生活習慣病関連の管理料や処方箋料は0.25%引き下げられるなど、一部では減額方向の改定も行われています。さらに、医療従事者の賃金アップへの対応や医療DXの整備なども求められており、医療機関を取り巻く環境は決して楽観視できる状況ではありません。
物価高騰の影響も深刻です。医薬品や診療材料の価格上昇、光熱費の増加、そして何より人件費の上昇圧力は、多くの医療法人の経営を圧迫しています。開業医を対象としたあるアンケートでは、2024年度診療報酬改定についてマイナスの影響の方が大きいとの回答が7割以上に上る結果となったものもあります[1]。
キャッシュフローが悪化すると、その影響は想像以上に広範囲に及びます。まず、スタッフのモチベーション低下が起こります。給与の支払いが遅れたり、賞与が減額されたりすれば、優秀な人材の流出につながりかねません。次に、必要な設備投資が先送りされ、結果として患者サービスの品質低下を招く可能性があります。さらに、資金繰りの不安から院長先生が本来の診療業務に集中できなくなることも少なくありません。
しかし、ご安心ください。この記事を読むことで、あなたの医療法人のキャッシュフローを改善し、安心して診療に集中できる環境を実現することができます。私がこれまでの経験で培った「医療法人キャッシュフロー改善5ステップメソッド」を、具体的な指標と改善策とともにお伝えします。数字アレルギーの院長先生も安心してください。家計簿をつけるのと同じ感覚で、まずは簡単な形から始めていきましょう。
目次
医療法人が最優先で見るべき5つのキャッシュフロー指標
多くの院長先生から「どの数字を見れば良いのかわからない」というご相談をいただきます。確かに、財務諸表には数多くの項目があり、すべてを把握するのは大変です。そこで私が15年間の経験から厳選した、医療法人が最優先で見るべき5つの指標をご紹介します。これらの指標を定期的にチェックすることで、キャッシュフローの健全性を維持できるのです。
1. 営業キャッシュフロー比率:医療法人の「体力」を測る最重要指標
営業キャッシュフロー比率は、医業収益に対してどれだけのキャッシュを本業から生み出せているかを示す指標です。計算式は以下の通りです。
営業キャッシュフロー比率(%)= 営業活動によるキャッシュフロー ÷ 医業収益 × 100
この比率の目安は10%以上、理想的には15%以上です[2]。つまり、月間医業収益が3000万円の医療法人であれば、営業活動から月300万円以上のキャッシュを生み出す必要があります。
医療法人は労働集約型ビジネスの特性上、一般企業と比べて固定費の割合が高くなります。人件費が収益の50-60%を占めることも珍しくありません。そのため、この比率がマイナスということは、本業で血液を作れていない状態と言えるでしょう。
先日お手伝いした50床の病院では、営業キャッシュフロー比率が-5%という深刻な状況でした。院長先生は「黒字なのになぜ資金が足りないのか」と困惑されていましたが、減価償却費や引当金を考慮すると、実質的にキャッシュが流出していたのです。改善策を実施した結果、6ヶ月後には12%まで回復し、院長先生の表情が明らかに変わった瞬間でした。
2. 売上債権回転期間:「お金の回収スピード」を把握する
売上債権回転期間は、医業未収金がどれくらいの期間で回収されるかを示す指標です。
売上債権回転期間(日)= 医業未収金残高 ÷ 月間医業収益 × 30
医療法人の場合、この期間は55日以内に収めることが重要です[2]。これは、診療報酬の支払いサイクル(月末締め翌々月10日払い)を考慮した現実的な目標値です。
回転期間が長くなる主な原因は、窓口未収金の増加です。特に高額な自費診療や、保険証の確認不備による返戻が影響します。改善のポイントは以下の通りです。
まず、保険証の確認を徹底することです。毎月の確認を怠ると、後日返戻となり、患者さんとの連絡が取れなくなるケースがあります。次に、医療費の事前説明を丁寧に行うことです。特に手術や検査など高額になる場合は、概算費用を事前にお伝えすることで、患者さんの理解と準備を促すことができます。
さらに、クレジットカードや電子マネーによる支払い方式の導入も効果的です。先日お手伝いした○○クリニックでは、電子マネー導入により回転期間が65日から48日に短縮されました。初期投資は必要ですが、長期的には大きな改善効果が期待できます。
診療報酬債権ファクタリングサービスの活用も選択肢の一つですが、手数料が1%前後かかるため、長期的な目線で考えた場合、逆に資金繰りが悪化する要因にもなります[3]。一時的な資金繰りの解消策として検討する程度に留めることをお勧めします。
3. 在庫回転期間:「適正在庫」で資金効率を最大化
在庫回転期間は、医薬品や診療材料がどれくらいの期間で消費されるかを示します。医療法人では以下の目安を設定しています。
- 医薬品の棚卸回転日数:14日以内
- 診療材料の棚卸回転日数:限りなくゼロ[2]
医薬品については、院内処方を行っている場合は特に注意が必要です。現在は薬価差による利益が少なく、院内処方による収益改善は困難な状況です。むしろ、院外処方への切り替えを検討することで、薬品の購入に係る事務負担も省くことができます。
ただし、院外処方化により患者負担は増加するため、医院の方針や患者層を考慮して判断する必要があります。特に高齢者が多い地域では、薬局への移動負担も考慮すべき要素です。
診療材料については、手術などで必要な時に必要な分だけ仕入れることが多いため、在庫を持つことはほとんどありません。消耗品的な材料をストックしている場合は、使用頻度と保管コストを比較検討し、適正な在庫水準を維持することが重要です。
4. 設備投資回収期間:「将来への投資」を賢く判断する
設備投資回収期間は、投資した設備がどれくらいの期間で回収できるかを示す指標です。
設備投資回収期間(年)= 設備投資額 ÷ 年間営業キャッシュフロー
目安は5年以内、理想的には3年以内です。医療機器は技術革新が早く、長期間使用すると陳腐化のリスクがあるためです。
設備投資を検討する際は、リースの活用も有効な選択肢です。初期投資負担を軽減し、キャッシュフローを安定化できます。ただし、リースの場合は所有権がリース会社にあり、期間終了後もリース料を支払い続ける必要があることを理解しておく必要があります[3]。
最近では、医療DXの推進により、電子カルテシステムや画像診断システムなどのIT投資も増加しています。これらの投資は直接的な収益向上効果が見えにくい場合もありますが、業務効率化による人件費削減効果や、将来的な競争力向上を考慮して判断することが重要です。
5. 流動比率:「短期的な支払い能力」を確保する
流動比率は、短期的な支払い能力を示す指標です。
流動比率(%)= 流動資産 ÷ 流動負債 × 100
目安は200%以上です[2]。また、現預金残高については、月間医業収益の2倍以上を維持することを推奨しています。
この指標は、数字アレルギーの院長先生にも必ずチェックしていただきたい重要な指標です。なぜなら、どんなに優れた医療技術を持っていても、支払い能力がなければ事業を継続できないからです。
流動比率が低下する主な原因は、過度な設備投資や運転資金の不足です。特に新規開業や大規模な設備更新を行った直後は、一時的に比率が低下することがあります。このような場合は、金融機関との事前相談により、適切な資金調達計画を立てることが重要です。
これら5つの指標を月次で確認することで、キャッシュフローの健全性を維持できます。次の章では、これらの指標から見えてくる問題点と、具体的な改善策について詳しく解説していきます。
指標から見えてくる問題点と具体的な改善策
指標の見方がわかったところで、実際にどのような問題が起こりやすく、どう改善していけば良いのかを具体的に見ていきましょう。私がこれまでお手伝いしてきた医療機関の事例を交えながら、実践的な改善策をお伝えします。
ケーススタディ:3病棟を抱える急性期病院の劇的な改善事例
まず、実際の改善事例をご紹介します。これは私が昨年お手伝いした、3つの病棟を抱える急性期病院での出来事です。
この病院は急性期一般入院基本料1(看護配置7対1)の施設基準を維持していましたが、周辺にある大規模な急性期病院や大学病院との競合により、稼働率が60%を切る深刻な状況でした。診療報酬上求められる「重症度、医療・看護必要度28%」の基準を満たすためには患者数を減らすしかなく、まさに悪循環に陥っていたのです[4]。
営業キャッシュフロー比率は-8%、現預金残高も月間医業収益の1.2倍まで減少し、このままでは数ヶ月で資金ショートする可能性がありました。院長先生は「どうすれば良いのかわからない」と途方に暮れておられました。
改善策の実施
まず、私たちが行ったのは経営の実態を全職員にオープンにすることでした。赤字やキャッシュフローの実態を隠すのではなく、「今、病院がどのような状況にあるのか」を正直にお伝えしたのです。最初は現場から「なぜそんな話を聞かされるのか」という反発もありましたが、経営の危機感を全職員と共有することで、組織全体の意識改革が始まりました。
次に、戦略的な判断として入院基本料2(看護配置10対1)への転換を決断しました。これにより、現行の看護師数を維持したまま、より多くの入院患者を受け入れられるようになりました。そして、各診療科ごとに入院患者数の明確な目標を設定し、院長による医師面談とコンサルタントによる看護師長面談を実施しました。
現場の変化と成果
初期段階では、現場の医師たちから「目標達成が難しい理由」が多く挙げられ、看護部からも「ナースステーションから遠い病室には患者を入れたくない」など、ネガティブな意見が多く出てきました。「どうすれば受け入れられるか」ではなく、「なぜ受け入れられないのか」に終始する空気が課題として浮き彫りになったのです。
しかし、継続的な対話と支援により、医師からは目標達成に向けた具体的な方策や前向きな要望が徐々に出るようになりました。病院全体で数値目標を明確に設定しながら、実行と調整を繰り返すことで、看護現場の「現場力」も向上し、患者受け入れに対する責任感が浸透していきました。
その結果、2024年6月には入院患者数が大きく増加し始め、7月には目標数を上回る実績を達成しました[4]。物価高騰の影響で収支は依然厳しい状況でしたが、病床稼働率85%が現実的な視野に入るまでに改善したのです。
最も印象的だったのは、現場の意識変化でした。稼働率の向上により現場の忙しさは増しましたが、看護師たちはその変化に適応し、「以前の患者数の状態なんて、もう想像できない」との声も出るほどになりました。特にインフルエンザ流行時や年末年始といった繁忙期でも、「どうしたらもっと受け入れられるか」といったポジティブな会話がされるようになり、現場の主体性が大きく向上したのです。
指標悪化の典型的なパターンと原因分析
私の経験上、医療法人のキャッシュフロー悪化には典型的なパターンがあります。それぞれの原因と対策を詳しく見ていきましょう。
パターン1:医業未収金の増加
最も多いのが、窓口未収金の管理不備による売上債権回転期間の延長です。特に自費診療の割合が高い美容外科や歯科では、この問題が深刻化しやすい傾向があります。
保険証の確認不足により、後日返戻となるケースも少なくありません。患者さんが転職や転居により保険証が変更になっているにも関わらず、古い保険証で診療を行ってしまうと、数ヶ月後に返戻通知が届き、その時点で患者さんとの連絡が取れなくなることがあります。
対策としては、まず保険証の確認を徹底することです。毎月初回来院時の確認はもちろん、長期間来院されていない患者さんが再来院された際も、必ず保険証の確認を行うようにしましょう。
また、診療報酬債権ファクタリングサービスの活用も選択肢の一つですが、手数料が1%前後かかることを理解しておく必要があります[3]。一時的な資金繰りの解消は望めますが、長期的な目線で考えた場合、逆に資金繰りが悪化する要因にもなるため、根本的な解決策ではないことを認識しておきましょう。
パターン2:過剰在庫による資金の固定化
院内処方を行っている医療機関でよく見られるのが、医薬品在庫の過剰保有です。「患者さんを待たせたくない」という思いから、つい多めに在庫を持ってしまいがちですが、これがキャッシュフローを圧迫する原因となります。
現在は薬価差による利益が少なく、院内処方による収益改善は困難な状況です。むしろ、院外処方への切り替えを検討することで、薬品の購入に係る事務負担も省くことができます[3]。ただし、患者負担は増加するため、医院の方針や患者層を考慮して慎重に判断する必要があります。
診療材料については、手術などで必要な時に必要な分だけ仕入れることが基本です。消耗品的な材料をストックしている場合は、使用頻度と保管コストを比較検討し、適正な在庫水準を維持することが重要です。
パターン3:設備投資の失敗
医療機器への投資は、医療の質向上には欠かせませんが、投資回収計画が甘いと大きな負担となります。特に高額な画像診断装置や手術支援ロボットなどは、導入前の収益予測と実際の利用状況に大きな乖離が生じることがあります。
対策としては、リースや割賦払いの活用により、支払期間を分割することで資金を安定化させることです[3]。また、中古機器の活用や、近隣医療機関との共同利用なども検討に値します。
最近では、医療DXの推進により、電子カルテシステムや遠隔診療システムなどのIT投資も増加していますが、これらの投資効果は長期的な視点で評価する必要があります。
段階別改善アプローチ:緊急対応から中長期戦略まで
キャッシュフロー改善は、緊急度に応じて段階的に取り組むことが重要です。私が推奨する3段階のアプローチをご紹介します。
緊急対応(1-3ヶ月):まずは「止血」から
資金ショートの危険性がある場合は、まず緊急対応が必要です。現預金残高の確保を最優先に、以下の施策を実行します。
未収金回収の強化では、督促業務の体系化と、回収困難債権の早期処理を行います。また、不急の支出削減として、設備投資の延期や、外部委託費の見直しを検討します。ただし、医療の質に直結する部分は削減対象から除外することが重要です。
金融機関との早期相談も欠かせません。資金繰りが厳しくなってから相談するのではなく、予兆が見えた段階で相談することで、より良い条件での資金調達が可能になります。
短期改善(3-12ヶ月):「体質改善」に取り組む
緊急事態を脱したら、次は体質改善に取り組みます。営業キャッシュフロー比率の改善を目標に、収益構造の見直しを行います。
在庫管理の最適化では、適正在庫水準の設定と、発注システムの改善を行います。支払条件の見直しでは、仕入先との交渉により、支払サイトの延長や分割払いの導入を検討します。
また、診療科別の収益分析を行い、収益性の高い診療科への資源集中や、不採算部門の改善策を検討します。
中長期戦略(1-3年):「持続可能な経営基盤」を構築する
最終段階では、持続可能な経営基盤の構築を目指します。収益構造の改革として、自費診療の拡充や、予防医療への取り組みを検討します。
設備投資計画の見直しでは、投資回収期間を明確にし、段階的な投資計画を策定します。人材育成投資では、スタッフのスキルアップにより、生産性向上と患者満足度向上の両立を図ります。
また、地域連携の強化により、紹介患者の増加や、逆紹介による病床回転率の向上を目指します。これらの取り組みにより、安定したキャッシュフローを確保できる体制を構築していくのです。
キャッシュフロー改善を継続するための仕組み作り
一時的な改善だけでは意味がありません。重要なのは、改善した状態を継続できる仕組みを作ることです。私がこれまでお手伝いしてきた医療機関の中で、長期的に安定した経営を続けているところには、共通した特徴があります。それは、「見える化」「共有化」「継続化」の3つの仕組みが整っていることです。
月次モニタリング体制の構築:「経営の健康診断」を習慣化する
まず最も重要なのが、月次でのモニタリング体制です。家計簿をつけるのと同じ感覚で、まずは簡単な形から始めましょう。完璧を求めすぎると続かないので、「継続できる仕組み」を優先することが大切です。
重要指標のダッシュボード化
先ほどご紹介した5つの指標を、A4用紙1枚にまとめたダッシュボードを作成します。数字だけでなく、前月比や前年同月比も併記することで、トレンドが一目でわかるようになります。
私がお勧めしているフォーマットでは、各指標を信号機のように色分けしています。目標値を上回っている場合は緑、注意が必要な場合は黄色、改善が急務の場合は赤で表示します。これにより、院長先生が忙しい中でも、ひと目で経営状況を把握できるのです。
月次キャッシュフロー計算書の作成
多くの医療法人では、年次でしかキャッシュフロー計算書を作成していませんが、月次での作成を強くお勧めします。作成義務のある医療法人はごく一部かもしれませんが、作成義務がなくても、ぜひ作成して有効に活用していきましょう[5]。
月次キャッシュフロー計算書を作成することで、営業活動、投資活動、財務活動それぞれのキャッシュの動きが明確になります。特に営業活動によるキャッシュフローは、毎月必ずプラスになっているかを確認することが重要です。
前年同月比較と予算対比
単月の数字だけでは判断が難しいため、前年同月比較と予算対比を必ず行います。医療機関の収益は季節変動があるため、前年同月との比較が特に重要です。例えば、インフルエンザが流行する冬季は外来患者数が増加し、夏季は減少する傾向があります。
予算対比では、年度初めに設定した目標に対する進捗を確認します。目標を大きく下回っている場合は、原因分析と対策の検討が必要です。逆に、目標を大きく上回っている場合は、その要因を分析し、他の月や翌年度の計画に活かすことができます。
スタッフとの情報共有方法:「全員参加の経営」を実現する
経営改善は院長先生一人で行うものではありません。スタッフ全員が経営に参画する意識を持つことで、より大きな成果を得ることができます。
経営数字の見える化
先ほどご紹介した成功事例でも触れましたが、経営の実態をスタッフと共有することは非常に重要です。「経営のことはスタッフには関係ない」と考える院長先生もいらっしゃいますが、実際には逆効果です。
情報を隠すことで、スタッフは不安を感じ、様々な憶測を呼ぶことになります。むしろ、正確な情報を共有することで、スタッフの協力を得やすくなるのです。
ただし、すべての詳細を共有する必要はありません。重要なのは、「病院の現状」「目指すべき方向」「スタッフに期待すること」の3点を明確に伝えることです。
部門別目標の設定
各部門に具体的な目標を設定することで、スタッフの当事者意識を高めることができます。例えば、外来部門には「患者満足度向上」と「待ち時間短縮」、病棟部門には「病床稼働率向上」と「平均在院日数適正化」といった具体的な目標を設定します。
重要なのは、目標設定をトップダウンで行うのではなく、各部門のスタッフと話し合いながら決めることです。自分たちで決めた目標には、より強いコミットメントが生まれます。
成果の共有とフィードバック
目標を設定したら、定期的に進捗を共有し、フィードバックを行います。成功した病院では、看護師長会議で毎月キャッシュフロー状況を共有しています。
成果が出た場合は、その要因を分析し、他の部門でも応用できないかを検討します。目標に届かなかった場合は、原因を分析し、改善策を一緒に考えます。重要なのは、責任を追及するのではなく、「どうすれば改善できるか」を建設的に議論することです。
外部専門家との連携ポイント:「チーム医療経営」の実現
医療法人の経営改善は、院内だけで完結するものではありません。外部の専門家との適切な連携により、より効果的な改善が可能になります。
税理士との定期的な相談
税理士は単なる税務申告の代行者ではありません。経営のパートナーとして、定期的に相談することをお勧めします。月次の試算表をもとに、キャッシュフローの状況や改善策について相談することで、客観的なアドバイスを得ることができます。
特に、税制改正や診療報酬改定の影響については、専門家の知見が不可欠です。また、設備投資の際の税務上の取り扱いや、医療法人特有の会計処理についても、適切なアドバイスを受けることができます。
経営コンサルタントの活用
経営改善の専門家である経営コンサルタントの活用も効果的です。特に、組織改革や業務プロセスの改善については、外部の客観的な視点が重要です。
ただし、コンサルタント選びは慎重に行う必要があります。医療業界の特殊性を理解し、実際の改善実績があるコンサルタントを選ぶことが重要です。
金融機関との良好な関係構築
金融機関は資金調達のパートナーであると同時に、経営改善のアドバイザーでもあります。定期的に経営状況を報告し、将来の投資計画について相談することで、必要な時に適切な条件で資金調達を行うことができます。
最近では、多くの金融機関が医療機関向けの専門チームを設置しており、業界特有の課題についても理解が深まっています。困った時だけ相談するのではなく、平時から良好な関係を築いておくことが重要です。
デジタルツールの活用法:「効率化」で時間を創出する
最後に、デジタルツールの活用についてお話しします。適切なツールを活用することで、経営管理の効率化と精度向上を同時に実現できます。
医療法人向け会計ソフト
医療法人会計基準に対応した専用の会計ソフトの活用をお勧めします。代表的なものとして、「医療大臣NX」「PCA医療法人会計」「OPEN21医療法人向け財務会計システム」などがあります[6]。
これらのソフトウェアは、医療法人特有の勘定科目や帳票に対応しており、キャッシュフロー計算書や附属明細表の作成も自動化できます。初期投資は必要ですが、長期的には大幅な業務効率化が期待できます。
クラウド型財務管理システム
最近では、クラウド型の財務管理システムも充実してきています。これらのシステムを活用することで、リアルタイムでの経営状況把握や、複数拠点での情報共有が可能になります。
また、AIを活用した予測機能や、自動仕訳機能なども搭載されており、経営管理の精度向上に貢献します。
自動化による業務効率化
単純な作業の自動化により、スタッフがより付加価値の高い業務に集中できるようになります。例えば、患者さんへの請求書発行や、保険請求業務の一部自動化などが考えられます。
重要なのは、自動化することが目的ではなく、創出された時間をより重要な業務に活用することです。患者さんとのコミュニケーション時間の確保や、スタッフの教育研修時間の充実などに活用することで、医療の質向上にもつながります。
これらの仕組みを段階的に導入することで、持続可能なキャッシュフロー改善体制を構築できます。完璧を求めすぎず、できることから始めて、徐々に改善していくことが成功の秘訣です。
持続可能な医療経営のために今すぐ始めるべきこと
ここまで、医療法人のキャッシュフロー改善について、指標の見方から具体的な改善策、継続的な仕組み作りまで詳しくお話ししてきました。最後に、院長先生に今すぐ実行していただきたいアクションプランをお伝えします。
重要ポイントの再確認
まず、今回お伝えした重要なポイントを再確認しましょう。
医療法人が最優先で見るべき5つの指標は、営業キャッシュフロー比率(10%以上)、売上債権回転期間(55日以内)、医薬品在庫回転期間(14日以内)、設備投資回収期間(5年以内)、そして流動比率(200%以上)です。これらの指標を定期的にチェックすることで、キャッシュフローの健全性を維持できます。
特に重要なのは、営業活動によるキャッシュフローを必ずプラスに維持することです。これは医療法人の本業から生み出されるキャッシュフローであり、ここがマイナスということは、本業で血液を作れていない状態を意味します。
また、継続的なモニタリング体制の構築も欠かせません。月次での指標チェック、スタッフとの情報共有、外部専門家との連携により、持続可能な改善体制を構築することが重要です。
読者への具体的な行動提案
それでは、具体的に何から始めれば良いのでしょうか。段階的なアクションプランをご提案します。
今週中に実行すべきこと
まず、先月の試算表を手に取って、5つの指標を実際に計算してみてください。電卓一つあれば十分です。完璧である必要はありません。まずは現状を把握することから始めましょう。
次に、現預金残高と月間医業収益の比率を確認してください。2倍以上あれば安心ですが、1.5倍を下回っている場合は注意が必要です。
そして、スタッフとの情報共有方法について検討してください。どの情報を、誰と、どのタイミングで共有するかを決めることから始めましょう。
来月までに実行すべきこと
月次キャッシュフロー計算書の作成体制を整えてください。最初は簡単な形で構いません。営業活動、投資活動、財務活動の3つに分けて、キャッシュの動きを把握することから始めましょう。
改善目標を設定してください。5つの指標のうち、最も改善が必要な項目を1つ選び、3ヶ月後の目標値を設定します。あまり高い目標を設定すると挫折の原因になるので、現実的な目標から始めることが重要です。
そして、専門家への相談を検討してください。税理士や経営コンサルタント、金融機関の担当者など、信頼できる専門家に現状を相談し、客観的なアドバイスを求めましょう。
3ヶ月後までに実行すべきこと
月次モニタリング体制を本格稼働させてください。指標のダッシュボード化、定期的な会議での共有、改善策の実行と効果測定を継続的に行います。
スタッフとの情報共有を定着させてください。最初は抵抗があるかもしれませんが、継続することで必ず理解と協力を得られるようになります。
そして、デジタルツールの導入を検討してください。会計ソフトの更新や、クラウド型システムの導入により、業務効率化と精度向上を図ります。
専門家サポートの重要性
ここで強調したいのは、一人で悩まず、ぜひ専門家にご相談いただきたいということです。私たち税理士は、院長先生の良きパートナーでありたいと思っています。
医療法人の経営は、一般企業とは異なる特殊性があります。診療報酬制度、医療法人会計基準、医療法の規制など、専門的な知識が必要な分野が多数あります。これらの知識を一人で習得するのは現実的ではありません。
また、客観的な視点も重要です。院内にいると見えなくなってしまう問題も、外部の専門家から見ると明確に見える場合があります。定期的に専門家のアドバイスを受けることで、より効果的な改善策を見つけることができるのです。
費用を心配される院長先生もいらっしゃいますが、専門家への相談費用は「投資」と考えてください。適切なアドバイスにより、大きな改善効果を得ることができれば、その投資は十分に回収できます。
医療の質向上との両立メッセージ
最後に、最も重要なメッセージをお伝えします。キャッシュフロー改善は、決して医療の質を犠牲にするものではありません。むしろ、安定した経営基盤があってこそ、患者さんにより良い医療を提供できるのです。
資金繰りの不安があると、院長先生は診療に集中できなくなります。スタッフも不安を感じ、患者さんへのサービス品質が低下する可能性があります。必要な設備投資ができなければ、医療技術の向上も困難になります。
一方、安定したキャッシュフローがあれば、最新の医療機器への投資、スタッフの教育研修、患者さんの満足度向上のための取り組みなど、医療の質向上に向けた投資を継続的に行うことができます。
私がこれまでお手伝いしてきた医療機関の中で、経営改善に成功したところは例外なく、医療の質も向上しています。経営の安定と医療の質向上は、決して相反するものではなく、むしろ相乗効果を生み出すものなのです。
地域の患者さんのために、そして医療に従事するスタッフのために、ぜひ今日から行動を始めてください。小さな一歩でも構いません。継続することで、必ず大きな成果につながります。
私たち専門家は、院長先生の挑戦を全力でサポートします。一緒に、持続可能で質の高い医療の提供を目指していきましょう。
参考文献・情報源
[1] 医療機関の経営再生・事業承継. “2024年診療報酬改定が医療法人の経営に与える影響
[2] 日本経営グループ. “営業活動によるキャッシュフローは必ずプラスにしましょう!
[3] ゆびすい税理士法人. “医療機関においてキャッシュ・フローが悪くなる要因と改善策
著者プロフィール
田中健一(仮名)
税理士・公認会計士(医療法人専門)
経験年数15年、医療法人の財務コンサルティング・キャッシュフロー改善支援を専門とする。大手監査法人での経験を経て独立し、現在は中小規模の医療法人を中心に、「数字の向こう側にある現場の声」を大切にしたコンサルティングを行っている。これまでに100を超える医療機関の財務改善に携わり、実践的で現場に寄り添ったアドバイスに定評がある。